2017冬vol.43
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海外には1、2回。毎年ハワイへ行っていて、最近ではタヒチにも行きました。いろいろプランを立てて船やジェットスキーの免許も取りましたし、あとはダイビングの免許も。今まで時間がなくてできなかったことを一つずつやっていけたらと思っていますが、またそういう時間がなくなってしまいました。本当はもう少しゆっくりする予定だったんですけど…(笑)。―オフの時もアクティブですね!日々大変充実されている井口監督の、今後の目標を教えてください。まずは僕のやりたい野球をチームの選手みんなに理解してもらうということが大切だと思っています。僕もそうですが、ファンの皆さんも優勝に飢えているので、チームを任された以上は常に勝つ、優勝を狙えるチームにしたい。ドラフトでも優秀な選手を獲得できましたし、ファームにもいい選手がたくさんいますので、彼らのサポートもしていきたいです。―それでは最後に、いつもゲストの方にしている質問です。今、監督はどんな旅路にいらっしゃいますか?うーん…野球人としては折り返し、ですかね。現役は21年やりましたけど、これからも長いですし、ユニフォームを着て第2のスタートを切るという感じでしょうか。将来的には、アメリカで監督をやるのが夢なので、みんなに認められるような指導者になりたいですね。やりたいことはまだまだいっぱいありますが、まずはロッテを常勝球団にすること。この一言に尽きますね。現役時代と同じ背番号6番を身に付ける井口新監督。野球やチームを心から愛する監督の熱意がインタビューから伝わってきました。井口監督、ありがとうございました! ―ここからは井口監督の人生やプライベートについて伺います。監督の転機はご自身でいつ頃だったと思われますか?印象的だった試合は(ダイエーの)デビュー戦とメジャーでの開幕戦、最近でいえば引退試合なのですが、ターニングポイントとなると、自分がプロに入って悩んでいた時、いろんな方に助けていただいたというのが一つのポイントだったのかなと思います。プロ野球はチームに登録選手が70人いて、1軍でベンチ入りできるのは25人。さらに試合に出られるレギュラーと言われるのは9人ですから非常に厳しい世界。自分がそうされてきたように、今度は自分が選手達をサポートする番ですね。―多くの選手から慕われている井口監督ですが、監督ご自身が影響を受けた方は?自分の中ではやはり王貞治(ソフトバンク球団)会長ですね。プロ1年目でダイエー(現ソフトバンク)に入団した時に監督だった王会長との出会いは大きかったです。バッティングが良くなるきっかけもいただきましたし、それ以上にプロ野球選手として、人間として本当に尊敬できる存在。彼以上の野球人はいないと思っています。―王会長に多大な影響を受けられたのですね。それでは、ご自身の人生に影響を及ぼした場所や旅先、印象に残っているところはありますか?プロ野球人生をスタートした福岡と、自主トレを行っていた沖縄です。自主トレは1ヶ月くらいやっていたのですが、そこで行うトレーニングがシーズンに響いてくるので、沖縄で過ごす時間というのが僕にとってはとても重要だったんです。石垣島の春季キャンプでは毎年ルートインさんにもお世話になっています。―いつもありがとうございます!沖縄に滞在されている時は、オフを満喫されることもありますか?はい、休日には離島に行ったりしてリラックスしていました。僕の中でオンとオフの切り替えはすごくはっきりしているので、休みは完全にオフになるんです。―プライベートで旅行に行かれることもあるのですか?●人生のターニングポイント井口 資仁 (いぐち・ただひと)1974年12月4日、東京都生まれ。国学院久我山高校~青山学院大学を経て、1997年にドラフト1位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。盗塁王を2回、ベストナイン・ゴールデングラブ賞を各3回獲得した。2001年には30本塁打40盗塁を達成。史上3人目の快挙となった。3度のリーグ優勝にも貢献している。そして2005年に渡米し、メジャーリーグ・ホワイトソックスに移籍。2度のワールドシリーズ制覇を経験する。その後、2球団を経て帰国。2009年、千葉ロッテに移籍し、2010年の日本一に貢献。2013年には日米通算2000本安打を達成した。リーグ最年長野手として活躍したが2017年9月、現役を引退。10月、千葉ロッテの監督に就任。17

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