2019春_vol48
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―有森さんが以前他の記事で仰っていた、食べていくための「ライスワーク」と、よりよく生きるための「ライフワーク」という言葉も印象的でした。生きるためには、苦しかろうが好き嫌い関係なくやらなきゃいけない時がある。よく「死ぬ気で頑張れ」って言うじゃないですか。でも死んでもらっちゃ困るんです(笑)。だったら「生きるために頑張れ、生きるために走れ!」。そのために頑張れるエネルギーは山ほどあるはず。―そんな有森さんが2020年に期待すること、スポーツの力で伝えたいメッセージとは?スポーツが生み出せることっていっぱいあるんです。例えばチームスポーツならコミュニケーションの大切さを学べるし、相手を思いやる精神が生まれる。戦いの中で強さも育まれるし、ちゃんとした体を作るには食べることも重要。挨拶も大事だし、スポーツはルールがないと成立しない。社会でものすごく大切なことをわかりやすく教えられる。だから、すべての世界からスポーツはなくならないんです。障がいの有無は関係なく、この人間社会の中で生み出し伝えていけるのが、レガシーなんじゃないかと。何が建つとかできるとかではなくて、人間意識ですよね。それが2020年の意義だと思っています。だから「アスリートファースト」はオリンピック当日だけでいい。まずは「社会ファースト」ですよ。―ここからはご自身のことやプライベートについて伺います。有森さんの人生のターニングポイントはいつでしたか?レースでいうと(バルセロナオリンピック後、足の手術を乗り越えて復帰を果たした)北海道マラソンですね。それから、スポーツを通した自分の生き方を切り拓いたのは「ハート・オブ・ゴールド ※2 」。私にとって、カンボジアとの出会いは大きかったかもしれません。スポーツが国や人種を超えて活かせる形があると知ることができたのは、今の活動全ての起点になっています。国連の人口基金の親善大使を務めた経験も活きていますね。―国内外を飛び回っていらっしゃいますが、旅行に出かけられることは?去年初めて、IOC(国際オリンピック委員会)関連で海外を訪れた時、周辺の観光でロンドンに立ち寄りました。でも私、基本的に出無精なんです。食べ物に欲がある方でもない。部屋でぼーっとしていてもいいタイプなので、滞在するホテルは重要です。豪華絢爛でなくていいので居心地とかトーン、窓(からの眺め)は大事なポイントですね。―趣味やストレス解消法は?喫茶店巡りやものづくり、ウィンドウショッピングですね。あと掃除。ホテルにいても整理整頓します。語弊があるかもしれないけど、私スポーツがすごく好きってわけじゃないんです(笑)。だから、普段走ることもありませんし、実はスポーツイベントよりものづくり、芸術系の場所に行くのが大好き。でも、スポーツもその一瞬にしか見られない最高の芸術品なんですけどね。―日常で走ることがないというのは少し意外でしたが、「スポーツは芸術品」とは素敵な言葉ですね。そんな有森さんの今後の目標を教えてください。スポーツを通して人を元気にできたらいいなと思います。与えられたチャンスによって人間は変化できる生き物。それは誰も阻めない。特に障がいのある方々にチャンスの場をどんどん作っていきたいですね。―では最後の質問です。有森裕子さんは今、どんな旅路にいらっしゃいますか?自分チャレンジの旅、かな。今、チャレンジをしていないんですよ。やらなきゃいけないことはやっているけど、できないことをやろうとしてないし、それが何かも自分に問いただしていないんです。チャレンジして何かを生み出すということが、今後の課題かもしれませんね。終始和やかなインタビューで、有森さんの力強く前向きな言葉にたくさんのパワーをいただきました。貴重なお話、ありがとうございました!●経験から得たもの ▲ 社会貢献活動を展開するアスリート、スポーツの団体を表彰する「HEROs AWARD2018」。有森さんはカンボジアにおける自立・復興支援で表彰された。1966年、岡山県生まれ。就実高校、日本体育大学を卒業後、(株)リクルート入社。1992年のバルセロナオリンピック女子マラソンで銀メダル、4年後のアトランタオリンピックで銅メダルを獲得。レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉が、その年の流行語大賞に。1998年、NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」を設立、代表理事就任。2002年、「ライツ」(現:(株)RIGHTS. )を設立。2007年、『東京マラソン2007』でプロマラソンランナーを引退。2010年に国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞。スペシャルオリンピックス日本理事長、日本陸上競技連盟理事。※1:知的障がいのある人たちに様々なスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を年間を通じ提供している、国際的なスポーツ組織。※2:スポーツ、教育を通じた国際協力・開発を行うN P O法人。現在は、カンボジアの教育省とともに小・中学校の体育科教育の普及支援と教員養成校の大学化を主に、障がい者や子どもの人材育成や自立支援にも取り組む。有森裕子(ありもり・ゆうこ)11

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